支え合う環境づくり [自然探究領域 海堀正博先生]
こんにちは!
今回は、96号(2019年掲載)からの記事です。
今回紹介するのは、総合科学科 自然探究領域 自然環境科学授業科目群 の 海堀正博先生です。
海堀先生は、砂防学を専門としておられます。加えて、社会安全システム科学や自然災害科学などの研究もなさっているそうです。
今、地球温暖化の影響もあり、異常気象による自然災害が増えています。災害での被害を最小にするために、どのような研究をされているのでしょうか?
それではどうぞ!
人が命を大切にしたくなるような環境づくり、一人では生きて行けないからこそ支えあうような環境づくり
Q 先⽣の研究内容について教えてください
「砂防学」、⼟砂災害の防⽌に関する研究をしています。近年、九州北部豪⾬を始め、⻄⽇本や東⽇本で豪⾬によって深刻な⼟砂災害や洪⽔災害などが発⽣しています。そのような時に、崩壊や⼟⽯流等によって⼈々の命が奪われたり、⽣活場に被害が出ないようにする⽅策を考える学問・研究分野が砂防学です。 「砂」「防」と書きますが、砂を⼀粒たりとも下流に流さない、ということではなく、⼟砂災害を防ぐ、ということです。豪⾬があると⼭が崩れたり⼟⽯流等が発⽣したりする。ここまでは自然現象であり、起こるべくして起きています。それらの⼀部が⼈の住んでいるところに⼊ってきても、うまくかわすことができたら、災害はある意味で防げたことになるし、被害を軽減することにも繋がりますので、その⽅策を考えています。
広島は普段あまり⾬が多い地域ではないので、災害に縁がないところだと思われがちです。だから宅地開発でも⼭裾ギリギリまで家が建てられたりします。もし⼭崩れが起きると、⼭裾の⼈家だと崩壊⼟砂の威⼒が強いうちに遭遇してしまうので、小規模な⼭崩れや⼟⽯流でも⼤きな被害になってしまいます。⼟⽯流のメカニズムなどを調べて家を建てる場所の制限などができたらいいのですが、今はハザードマップで⽰すことが精⼀杯です。そこで、役に⽴つのが総合科学ではないかと思っています。災害時に⼈々が避難⾏動をとってくれなければいけませんが、それに⾄るまでの認識や⼼理などが重要です。なので⼤学院総合科学研究科の中では「リスク研究プロジェクト」として、⼼理学や社会学、歴史学など様々な分野の先⽣⽅と共同してこのような問題に取り組んでいます。⼤学院は改組になりますが、「総合科学」の取組のできる総合科学部の存在価値はそういう意味で⼤きいのではないかと思います。
Q 砂防学に興味を持ったきっかけは?
実は⼤学⼊学前は⽣態学に興味があって、砂防学については全然知らなかったんです。でも⼤学 3 年⽣の時に京都⼤学の防災研究所の⼈たちから北アルプスの焼岳での⼟⽯流の観測の⼿伝いに誘われて、夏休みに⼭⼩屋に泊まって交代で観測をしました。
8 ⽉のある⽇、⼟⽯流が実際に起きました。その頃はまだ「幻の⼟⽯流」と呼ばれていた程でうまく撮影することができていなかったのですが、その時には⼟⽯流の撮影に成功しました。砂防学もいいなと思った瞬間で、その後、今の道にきました。最初は先⽣⽅の研究の⼿伝いが中⼼でしたが、⾊々なところで災害等の調査を⾏ううちに⼟⽯流のメカニズムに興味を持つ ようになりました。
転機になったのは、1987 年に広島⼤学総合科学部に助⼿として着任し、その翌年の 1988 年に広島の北⻄部で⼟⽯流災害が起きたことです。加計町(現、安芸太⽥町)で14⼈の⼈が命を落とし、そこへ毎⽇のように調査に⾏っていました。地域の被災住⺠たちは、私の活動を応援してくれていましたし、⾃分たちで⼆度と災害が起こらないようにと、難を逃れた要因をメモ書きで集めて冊⼦を作成しておられました。その⼈たちとはその後も交流が続き、30年以上経った今でも1⼈とは交流が続いています。この体験が私の広島での災害調査の第⼀歩でした。
その後も何回か広島県内で⼟砂災害が起きるのですが、最初の頃の広島の居住地の多くは⼟⽯流や崩壊に対して無防備といっても過⾔ではないような状態でした。
1999 年に広島のニュータウンの周辺で甚⼤な被害の出る災害が起きました。その前年、オーストリアに留学していた時、実はハザードマップの関連の研究もしており、ヨーロッパの 国々の防災関係者と意⾒交換をする機会がありました。⽇本ではまだ公開されていなかったハザードマップに関しては、その考え⽅も含めてかなり厳しく意⾒を⾔われていました。そのこともあり、教科書(『21 世紀の教養 2 異⽂化/I・BUNKA』、淺野敏久他編、培⾵館)にも執筆していたのですが、1999 年の災害後の TV 出演の時に、オーストリアのハザードマップの現状や考え⽅や⾃分の地域の危険性を住⺠が知らないのは良くないのではないか、という話をとりあげました。すると、TV が⼤々的に取り上げてくれ、ハザードマップの公開されていなかったことの問題意識が世間に広まりました。それを受けて、2000 年 6 ⽉に広島市が市内の全世帯にハザードマップを配付したのに始まり、ハザードマップの公開が当たり前の流れに突⼊して現在に⾄っています。
ただ、今でも知らない⼈が多いです。5 年前の2014 年に起きたいわゆる 8.20 広島⼟砂災害の時に、ある被災住⺠から「こんな図⾒たことなかったぞ。この地域で⼟⽯流なんかが起きるなんて誰も教えてくれなかったぞ!」と⾔われた時はショックでした。もう⼗数年来、ハザードマップの公開はもちろん、防災 関係のさまざまな情報がインターネットも駆使しながら、⼀般の⽅々にも伝えられるようにされてきていますので。
Q 砂防に興味を持つ前にさまざまなことに興味があったとおっしゃってたのですが、元々の学部は?
農学部の林学科でした。
元々⽯や植物にずっと興味持っていました。さらに⾃分が⼤学⽣の時、環境問題が⾔われ始めた頃だったので、環境保全関係をやりたいな、と思って林学科に⼊りました。林学の中の⼭地を研究するところに砂防学などの研究分野がありました。 総合科学部ができた時に、私の前任の砂防学の先⽣が広島⼤学に呼ばれて、砂防学研究室を創設されました。1986 年に総合科学部の地学系で教員募集があったときに、運よく採⽤されることになり、1987 年 1 ⽉ 1 ⽇付けでここに来れました。
最初は実験装置を設計・購⼊して、崩壊発⽣メカニズムの試験研究をずっとやっていました。しかし、1999年の 6.29 広島⼟砂災害を経験して、多くの⼈々の⼼を動かせないと、防災に繋がらないことに気がついたんです。だから20年前から、⾬の情報を⽣かした避難システム作りの研究にも着⼿しました。するとうちの研究室のそのような取組が好評で、そういう研究が⾊々なところに広がって進んでいます。
中国地⽅にいるので、⼟⽯流や崩壊、地すべりなどと関連した砂防に関することはやったのですが、活⽕⼭などこの辺りにないものと関連した砂防に関してはほとんどやれていません。学⽣にもやらせてあげたいと思って、国交省の「キャンプ砂防」 という企画に、希望する学⽣を参加させたりしています。夏休みの間 1 週間ほど、国交省が希望学⽣の選んだ全国どこかの事務所における砂防について、往き帰りの交通費だけ⾃腹ですが、その他は無料で実習してくれるんです。中国地⽅以外に、北海道や東北、関東、北陸、中部、近畿、四国、九州の砂防とか、活⽕⼭や⼤規模な地すべりなども経験できて、⾏った学⽣はたいてい感激して戻ってきます。最近は参加する学⽣が少なくなっていますが、全国の⾊んな砂防を観れるし、⽕⼭も温泉もあるし、砂防って本当に魅⼒がいっぱいなんだと感じることができます。
Q 砂防学における研究の⽬標を教えてください。
私⾃⾝は今砂防学を通じて、⼈の⼼をどう動かし、安全確保や命を守ることに繋げていくかをいつも考えています。当たり前ですが、ただ災害が起こった時に命を守ることだけで良いのではありません。防災の⼀番の考えは“命を守ること”だけど、それは災害が発⽣する前の段階から始まっていて、各段階で役割があります。まず災害を未然に防ぐことを考える段階、次に災害が起きている時は被害がこれ以上拡⼤しないように減災に努める段階、災害後は被災地や被災した⼈々が“⽣かされた命を⼤事にしながら、前向きに歩いていけるように⽀えるための”復旧・復興の段階、この 3 本セットで防災はできています。すると防災とは⾊んな意味で、幸せに⽣きることができたり、それを追求するということとも関連していると考えることが出来ます。⼈が命を⼤切にしたくなるような環境づくり、⼀⼈では⽣きて⾏けないからこそ⽀えあうような環境づくり、防災を通じてそれを実現できるよう試みています。
Q どんなところに総合科学部の魅⼒を感じられますか?
例えば、広島市安佐南区⼋⽊地区には蛇王池伝説の碑があります。おそらく⼟⽯流を⼤蛇に例えてそれを退治した伝説が⽯碑として残されているのだと思います。5 年前の 2014 年 8.20 ⼟砂災害の時には、その存在が近くの住⺠には知られていなくて、災害の後に初めてその話が広まって「へ〜」と多くの⼈が知ることになりました。本当はお年寄りの⽅は知っていました。でも最近は世代の断絶があって伝わると良い話でも伝わらなくなっている。これはもったいない。結局世代を超えた付き合いや分野を超えた付き合いを⼤事にできることを含めて、そこに防災が始まってるんです。理系だけの⼒で防災が⼗分にできるわけではない。⾊んな分野の⼈が⽀え合ってまちづくりをするからこそ、防災にも繋がる強いまちづくりができるのではないかなと、災害が繰り返す度にそう思います。
同じようなことは、もうずっと以前のことなのですが、初めて「たたら製鉄」について知ったときに感じました。教えてくれたのは総合科学部の地域研究をしている先⽣⽅でした。中国地⽅では 1,000 年以上にわたり盛んに⾏われていたことやその原材料の砂鉄集めのために、⼤量の砂を下流に流す営みが続け られていたこと、さらに、その営みを⼭の奥へ奥へと展開するうちに集落が広範囲に広がってきたことなど、なぜ広島や中国地⽅が⼟砂災害の危険箇所となるようなところに多くの⼈が住むようになってきたのかの⼀つの原因を考えるきっかけをいただきました。総合科学部という⾊んな分野の先⽣⽅が⼀堂に会していて、⼀緒に教育を考えたり研究をし合ったりしているところだからこそ、このような発想に⾄ることができたと実感しています。さらに⾔うと、教養の授業を担当する中で、様々な考え⽅の受講⽣と意⾒・コメント・質疑応答などを通じてキ ャッチボールをしている中で得られるものも多く、これもまた総合科学部だから味わえる環境だと感謝しています。
だから総合科学部の学⽣みんなに伝えたいです。総合科学部の良さを今は分からなかったとしても、⾊んな考え⽅の⼈との付き合いの中で様々な勉強ができたことの価値を、卒業して何年か経ったら分かってくると思いますよって。
7 年ほど前に総合科学部卒業⽣アンケートというのを⾃分たちが担当してまとめてあるのですが、「卒業してすぐは他の学部の卒業⽣に専⾨性で劣るから肩⾝が狭かった。でも年を追うごとに専⾨性はどんどん仕事の中で変わっていくので、その度に⾃分が総合科学部時代に学んだ広い視野が役に⽴っています。」 という声が増えていました。あれを⾒たときに総合科学部の考え⽅は間違いではないという⾵に思いました。⾃分も最初は分からなかったけどね。そういうところを本当は伝えていきたい。まだ分かってない⼦がいたとしても、総合科学部は良いよって、まぁ騙されてごらんって伝えたいね。だから専⾨は砂防学だけれど、追求しているのは「⼈間って何だろうか」というところかなと思います。
総科の学⽣に伝えたいこと
総合⼤学である広島⼤学にはたくさん学部があって、広島⼤学の学⽣はその⾊んな学部の授業に潜り込む権利を持っているようなもんです。⾃分⾃⾝も⼤学時代にそんな感じであちこち潜り込んでいたからね。ただ⾯⽩いと思ったものを学ぶことが出来る、総合科学部だけでもそういう環境がありますよね。⾊んなものに興味を持って、そういう⾃由度が与えられている環境を⼤事にして活⽤して欲しいです。 学⽣時代は失敗しても別に構わない。じっくりと回り道しながら過ごすこともお勧めします。
そして、⼈付き合いを⼤事にして欲しい。⼤学の時の友達は財産です。全然分野の違う友達もたくさんいると思う。だから、領域や授業科⽬群に閉じこもっているとせっかくのチャンスが⽣かせないと思います。
先ほども⾔ったけれど、私は総合科学部に来れて、⾊んな学⽣や先⽣に出会えてすごくラッキーだったと思います。おかげで⾊んなものが⾒えてきました。 ⾊んな意味でみんなも⼤きなチャンスを持っている。引きこもっていたらもったいないよ、⾊んな考えの⼈がいるから⼈と話すのは基本だよ、と伝えたいです。もちろん 書物から得られることもあるけれど、直接話したり遊んだり⼈と接するのはとても⼤事ですよ。総合科学部の良いところ、総合⼤学の良いところを⼤事に、⾊んなチャンスを⽣かして有意義な学⽣⽣活を送ってください。
まとめ
自然災害から命を守るには、私たち一人一人の意識も大切になるんですね。「多くの人の心を動かさないと、防災につながらない」という言葉に、はっとさせられるものがありました。
それでは今回の記事はここまでです。
次回の更新もお楽しみに!