過去を客観的見つめ、今の社会のヒントを見つける[人間探究領域 河合信晴先生]

こんにちは!

今回は、飛翔97号の記事からです。

今回紹介するのは、総合科学科 人間探究領域 人間文化授業科目群 河合信晴先生です。

河合先生は、主に政治社会史、特に戦後東西ドイツの政治と社会との関係性について研究しておられます。

それではさっそく、研究内容からみていきましょう!

過去を客観的に見つめ直すことで、社会のヒントを見つける

―先生の研究内容について教えて頂けますか。

 私は政治社会史という分野で、日常生活と政治の繋がりはどういうところにあるのかを私の興味関心から研究しています。専門は歴史学で、東ドイツを中心に研究しています。

 私の1つの課題として、1980年代までの世界の状況が今の状況と比べてどうだったのかを検討するということがあります。今の社会は貧困問題など、様々な問題がありますよね。私はそういう問題を非常に重要視しています。平等や社会的な正義や公正性、こういったものを目指そうというのは基本的に冷戦で対立していたが故にあったんですね。それが今になると社会主義が潰れてしまったので、1990年以降およそ10年ぐらいで、結局自由であることが最も重要だと思うようになったんです。別に社会的な補償制度などは関係ない、自由にみんながやれるようにすればいいんだと考えられた時期があるんです。ほぼ10年ぐらい前から今でも続いてますけどね。

 そういう世界と今を対比した時に、どういう社会だったのかというのは、もう1回考えてみる必要性があります。当時の社会を客観的に見つめなおすということで、今の社会のオルタナティブになるとは私は思ってないですが、今の社会で何かヒントになるようなもの、考えなければいけないようなものが見つかるのではないかというのが私の研究のスタンスですね。その中で社会主義を研究しています。

 社会主義を考える時、その本当の姿を全く知らないので皆が怖がってしまう。だからまず社会主義自体を知ってもらわないといけないというのは絶対あります。その中で失業や貧困のような、今私たちが見向きもしなくなったけれど、今切実に出てくるような社会問題、その一つの対処法としての社会主義は一体どうして駄目だったのか考える必要があります。私は良かったとは言わないですよ。実際社会主義は駄目だった。でもなんで駄目だったのかを知らないと、今同じような問題が起こったら、もうその解決策は見出せないですよね。だからどうして当時の政治が駄目だったのかというのを客観的に、冷静に、見つめ直す必要があるんです。また昔の失敗を繰り返さないためには、昔と今の政治の状態を比較して、どういう可能性があり得るかを考えることも大切になります。なので私はそういったことを研究しています。

―歴史学はどのようにして研究されているのですか。

 まずはテーマとその意義、そこにある課題と仮説を立てます。皆さんもこれから先同じようなことを必ず言われると思いますが、先生方もやることは同じです。そのあとは基本的には文献調査をするのが王道です。私の場合はドイツに行かないと手に入らないものがあるので、ドイツの文書館で史料をあさります。当然史料館にあるすべての文書を読むことはできないので、前段階があります。史料には目録と呼ばれる、何年から何年まではこういう風なことについての文章が集まってますよということを示すファイルがあります。それだけでも数十ページに及ぶのですが、その目録から自分が必要な史料を整理します。私がよく行く史料館は目録がインターネットで公開されているので、予め自分だけの目録を作って史料を用意してもらいます。それを現地に行って開館から閉館まで、ひたすら読んでくるわけです。毎日数百枚の史料を読んで、ひたすら自分が重要だと思うところのコピーをと取ったら、パソコンに打ち込みます。でも場合によってはほとんど進まない時もあります。骨の折れるような作業ですが、自分の作った目録の史料は全部読まないといけません。自分の考えとは真逆の話が出てくるかもしれないからです。そういう時は、自分の持っている問題設定を変える必要が出てきます。私の研究の場合、結論が間違っているということがざらにあるので、史料を見ながらその都度修正していきます。そして日本に帰ってきたらその史料を基に論文の形に仕上げていくわけです。私の研究のやり方は基本的にこんな感じですね。非常に効率は悪いですが歴史学の研究はこういうものなんです。だからこそ私の書く論文はある意味で過激な論文にならないといえます。いろんな史料を見ながら判断するので、分かりやすい結論、一方的な結論にはならないんですよね。

―研究者になる前にロストック大学で学ばれていたと思うのですがその時に苦労したこと、印象に残ったことを教えてください。

 暮らしの面では大変なことがありました。日曜日にロストックの町を出て他の町に遊びに行こうとすると、ほとんど東洋系の人がいないようなところなので、子供に面白がられて追いかけられたりしたんです。そういう風に東洋人であるが故の大変な経験を何度もしました。そういう部分は苦労しましたね。

 印象に残ったのはドイツでの生活ですね。私はドイツのロストック大学に6年間いたんですが、私の場合は基本的に授業があるわけではなく、自分の研究をしないといけないので、図書館によく行きました。私の場合は図書館がすごくよかったんですよ。ロストック大学は昔、私が専門にしている東ドイツの研究専門の図書室というのがあったんですよね。今はもう閉めてしまったので残念なんですが。そこに行けば私の研究している内容のほぼ全部の資料が揃っていて、その本棚を見ればよかったのですごく楽だったんです。その図書館は監獄を再利用していて、恐ろしい見た目の場所なので基本的に人が来なかったんですが、私は行く所も無かったのでずっとそこで勉強してました。図書館内には私とかが本を盗むといけないので、司書の方がずっといたんですね。女性の方なんですが、その方が非常に良くしてくれました。司書の方はロストック近辺かロストック大学とかで学部を昔に卒業してる方なので、東ドイツ出身の人なんです。私の母親と同じぐらいの世代の人2人ともう少し下ぐらいの人1人と、3人入れ替わり立ち替わりで、6年間で変わったんですけどみんな仲良くなりましたね。人が来なくていないので、私の勉強がてら話し相手になって、昔の東ドイツの話をしてくれたんです。本当の日常生活はどうだったのかという当時の状況など様々な話が聞けたので、それは私にとっては非常に運が良かったです。

 さらに私が良かったのは友人たちがいたことと、先生が良い人だったことです。ロストック大学には日本人がほとんどいないんですよ。4人ぐらいしかいない。博士の学生で歴史学を勉強してるのも私1人しかいないんです。さらにいつも図書館にいるのですごく目立ってました。そういう中で先生のアシスタントをしてるTAの学生さんが私の面倒を見てくれたんですね。それで何人かと仲良くなって、一緒に博士号を取るために勉強していたドイツ人の友人は今でも交流があります。東ドイツのことについて研究をしていて博士号をこれから取ろうとする人たちで集まって、月に1回は発表会をやるんですよ。その時に皆で話をしたことや、終わった後に何回か皆でご飯食べて酒飲みに行ったことがあって、それが私にとって居心地が良かったんです。さらに私の所属先は、先生も気さくな方だったし、先生のところにいた何人かのアシスタントの先生も非常にいい先生だったんですね。先生方とは今もお付き合いがあってドイツに行くと必ず挨拶しに行くくらいです。結局重要なのは人間関係、ちゃんとコミュニケーションを取るということをどれだけ大切にできるか。そういうことが研究職をやっていく上で重要なのだということに気づかされましたね。

 そういった面で6年間長くいて苦労はしたけども、やはり総じて行ってよかったなと思いました。私の研究は日本では結局できなかったと思いますし、日本でやらない研究だったので向こうに行ってやって良かったなと思います。

―広大生へのメッセージを頂けますか。

 皆さんに伝えたいことの一つは、響きの良いスローガンみたいなことを言われた時に、それを本当かどうか考える力を持って欲しいということです。例えば、社会的に共産主義が怖いと言われていたらその中身を知らずに共産主義って怖いと言ったりする。そういうことはやめて欲しい。そういう時にその話に対してレッテルを貼ってしまっていないかをちゃんと考えて、その意図はどういうことか、他人の主張が本当にその通りなのか、ということを自分自身で確かめて欲しいと思います。常識だと思われていることや一般的に言われてることを鵜呑みにして、簡単に拡散するなと言いたいです。自分の中で発言した側の人たちが言ってる論理は正しいのかどうかを疑い、ちゃんと考え、もう一度よく調べ直した上で発言したり拡散したりして欲しいと思います。世間やマスコミが言ってること、あるいは先生が言ってることも疑ってかかれという話なんですよ。そうやって調べたり確かめたりして自分で判断できるようになることは卒論を書くときに必要になってきますが、後々社会に出た時に役に立つ力にもなりえますからね。

 あと加えて、友人の関係は大切にしましょう。私は大学を卒業して数十年たった今でも繋がりのある友人がいます。その1人に新聞社に勤めている友人がいるんですが、彼は私が本を出したら、自分の部署ではないのに文芸部の部長のところに知り合いだから持ってくって言って、持って行ってくれたりもしました。こんな風に友人がいろいろとどこかで何かしてくれるかもわからないですから、友人関係も大切にしましょうというのは私のメッセージです。

―高校生へのメッセージを頂けますか。

 総科は本当に多様なことができる所なので、自分の興味関心を深く広く持って自分のやりたいことができると思います。この学部には非常に優秀な先生方が揃っているので、皆さんにとっては知りたいことが知れる、知ることのできるという点ではすごく良い学部ですね。そして生徒数に対して先生の数が多いので、いろんな先生と知り合って、話を聞くことが出来る。それは皆さんにとって幸運になると思いますね。

―最後に河合先生の最新のご著書の紹介

 本書はドイツ史のなかでも戦後、しかも一般にはそれほど注目を集めない、ないしは一方的な見方で語られることが多かった東ドイツ(ドイツ民主共和国)の歴史を扱ったものです。戦後直後のソ連による占領期から1990年のドイツ統一まで49年間を記述しています。‟壁の向こうは恐怖に満ちた監視社会だったのか”という問いに皆さんはどのような答えを想像するでしょうか。その答えはそれぞれ皆さんが読んで考えていただければと思います。ただ、私はこの本で「抑圧体制」、「監視国家」という今までの東ドイツに対する理解が表面的な分析に留まることを論じました。そのため、ソ連型の国家社会主義体制(授業でも強調していますが、国民社会主義とは違う)の負の側面を一方的に外からの目線で断罪するといったような視点では捉えてはいません。むしろ、東ドイツの姿は、現在の日本を含めて現代の政治体制や社会、ないしは私たちが属している広島大学にも通じる共通する課題を映し出す鏡になっているともみることができるかもしれません。その意味で、本書は30年前に消滅した国を、今、論じることの重要性を取り上げた作品です。手に取っていただければ嬉しいです。