実験室内だけでは終わらない、スポーツ研究の奥深さ【人間探究領域 上泉康樹先生】

こんにちは!今回からは、現在の最新号である飛翔95号で掲載した先生方のインタビュー記事を掲載していきたいと思います。

まずは1人目!

今回紹介するのは総合科学科 人間探究領域 健康スポーツ科目群の 上泉 康樹先生です。

上泉先生はスポーツ哲学サッカーのゲーム理論について研究されています。

みなさんの中にはスポーツを趣味としている方もたくさんいらっしゃると思いますが、いざ「スポーツとは何か?」と聞かれると答えるのはなかなか難しいのではないでしょうか?今回のインタビューでは、スポーツってなんなんだろう?ということについてじっくりお話を伺うことができました。

それではどうぞ!

スポーツ≠運動

-まず初めに、先生の研究内容について教えてください。

元々はスポーツ科学の中でも、人文系のスポーツ哲学を専門にしていて、授業では「スポーツとは何か?」について教えています。その他、最も身近なところですと、今スポーツ界の中で話題になっている「スポーツと暴力」の問題は、スポーツ哲学の中のスポーツ倫理学が扱う領域です。良くも悪くも今はスポーツ倫理学が注目されていますね。あと専門の競技種目がサッカーなので、「サッカーとは何か?」とか、サッカーのゲーム分析とか、サッカーに関する思想ゲームの構造などを研究しています。

ースポーツ哲学の研究とは?

結構スポーツをやっている人は多いと思うのですが、いざ「スポーツとは何か?」と聞かれたら、みんな答えられないんですよ。素朴な問いなのですが、実は、答えは正確には認識されてなくて…答えられますか? 「スポーツとは何か?」と聞かれて。将棋やオセロは「スポーツ」と言えますか? でも中国ではそれも全部「体育」という言葉なんです。最近では、「e-sports」というTVゲームまで「スポーツ」の範疇に入れられていますが、果たしてそれは「スポーツ」なんでしょうか?

先生の思うスポーツの定義とは?

スポーツに限らず、ゲームと呼ばれるものは必ず比較構造(天秤構造)を持っています。だからスポーツも、そもそも1人ではできなくて対戦相手がいないと成立しないんです。だからジョギングやキャッチボール、ダンスとかはスポーツではなく運動。運動の概念は、ものすごく広くて、会話で口を動かすのも箸でものを食べたりするのも挨拶も全て運動。そういうのを整理していかないと、本当の意味でスポーツ科学をスポーツの現場に還元することはできないと思うんですね。

運動とスポーツって別物ですか?

スポーツの中に運動的な要素があるだけで概念的には全く別物です。体育とスポーツも別物です。スポーツには、運動的な要素以外に、ルールや用具や戦術などの知的な要素、さらにはジェントルマンシップや武道精神などの価値的な要素も必要なんですね。柔道とか剣道とかの価値観と、サッカーやベースボールとかの価値観はまるで違うんです。

価値観っていうのは?

日本の武道で言えば、「柔よく剛を制す」「正々堂々」などです。柔道では、国際化に伴い、価値観の変化によってルール改正が行われたりすることもしばしばですよね。一方、サッカーだと、時間稼ぎや、ずる賢く相手を騙したプレーを良しとすることがあります。昨年日本もW杯で時間稼ぎをして賛否はありましたが、サッカーで時間稼ぎの一部はルール的に認められています。でも、日本の武道の影響を受けている柔道や高校野球などの競技は基本的に正々堂々とプレーしないとダメですよね。

スポーツって言語、宗教、音楽、芸術などに並ぶ一つの文化領域なんですけど、複合的に一つのシステムとして成り立っている文化だから、単に運動さえしてればいいわけではありません。知的な部分と価値観の部分と身体的な部分も含めてスポーツなんです。そういう研究を以前はしていました。最近は違うことをやっていますが。

Try&Errorのサッカー研究

ー最近の研究についてもう少し詳しく教えてください。

 以前から、フットサル部やサッカー部の監督をやっているので、ヨーロッパで最先端のトレーニングや戦術などを調査して日本に持ち帰り発信するようなことをやっています。その中でも、ヨーロッパと日本の間でサッカーの考え方は違いますから、小手先の技術とかではなくて、その裏側にある社会背景やサッカーそのものの思想を研究しています。

 これは、日本がヨーロッパよりサッカーのレベルがまだまだ低いので、本当の意味での「サッカー」をヨーロッパからきちんと理解して日本で根付かせないと、日本のサッカーも強くならないからです。現在は、主にスペインやポルトガルに出向きサッカーの思想について研究している先生のところで意見交換をしたり、資料を持ち帰って、学会やJリーグのチームで発表している段階です。

 ただし、スポーツ科学は現場があるので、実験室の中の話、理論だけでは解決できないんですよね。理論上明らかになったことでも現場で本当に使えるかは分かりません。ヨーロッパでは使えても体格差や気質の違いなどからどうしても日本人に合わなかったりすることもあります。だから僕の場合は、ヨーロッパの考えは実際に日本でどこまで適応可能なのか、広大のサッカー部やサンフレッチェ広島、FC今治などで情報交換しながら取り入れてもらったりして、Try&Errorで探っています。
 逆に、パスの精度のような単純技術の正確性、俊敏性、持久力、献身性などといった日本の良いところを世界に発信したりすることもあります。ただ、状況判断やインテリジェンスと言われる、プレーのなかでの「5W1H」、つまり「いつどこで、だれが、なにを、どのようにしたいか?」について、日本人はまだまだ世界では低いレベルにあります。広大生のみならず日本社会全体の環境にも原因はありますが。

ーそもそもスポーツについて研究しようと思ったきっかけとは?

もともと高校の時からサッカーを始めました。その頃にJリーグができるという話が出て、その時にサッカーが好きになってプロになりたかったんです。今は低迷していますが、当時広島大学が中四国の国立大学の中で一番強かったから、広大の教育学部の体育教育学専修(現教育学部健康スポーツ)に入学しました。3年生くらいまではサッカーに明け暮れてたのですが3年生くらいになってくると、プロになった選手たちと対戦する中で、どうしても自分の限界を感じてきます。やっぱりプロは難しいから、何らかの形でスポーツ界にかかわりたいという思いで、スポーツ科学の道を志しました。広大卒業後は、サッカーで有名な筑波大学大学院に進学して、助手を含めて11年間筑波大学にお世話になり、12年前に広島大の総科に教員として戻ってきました。

「西条から出てほしい!」

研究の魅力について教えていただけますか。

一応僕もフットサル部やサッカー部の指導現場を持ちながら研究しているので、ヨーロッパや日本でトップレベルの人たちと仲良くなってコミュニケーションを取れたり、お互い助け合ったりというつながりがあるのはすごくありがたいなと思いますね。

___今までで一番会えてよかったと思う人はいらっしゃいますか。

サッカーの監督で今イングランドのプレミアリーグにいるモウリーニョのスタッフの方々と食事をしたり、情報交換をしたり、未だにSNSとかでやりとりがあるのは、すごく勉強になっていますし、財産にもなっています。とくに、中東のビッグクラブのヨーロッパキャンプの調査に1ヶ月行ったのは良い経験になりました。選手やスタッフがリゾート地の高級ホテルに宿泊していて、食事や服、金銭感覚とかも全然違って。富裕層と関わったことで自分がこんなにちっぽけで大丈夫なのかって思って1週間くらい精神的に追い込まれましたね(笑)。でもそれが彼らには当たり前なんです。1ヶ月でお金の大切さも実感して、価値観も変わりました。学生の場合、貧困地域へのボランティアとかで貧しい人に手を差し伸べようとする人たちが今多くて、それも大変素晴らしいことなんですけど、機会があれば、企業の社長さんや富裕層の人たちとの付き合いも経験して欲しいなって思います。業界の苦労話や裏話を聞いたりとか、彼らに独特の発想や価値観にもふれてほしいですね。

ー今後の研究の目標について教えてください。

今、日本サッカー協会の指導者養成の部署にいて、未来のサッカーやフットサルの指導者の養成を担当しているのですが、僕が死ぬまでにもう一度日本でW杯を開催したいという夢があります。2002年の日韓W杯の時、広島は試合会場に選ばれなかったのですが、次回開催される時は広島で試合を開催して、広島の多くの人たちに世界のトップレベルのサッカーを見に来てもらいたいです。また、その時に日本代表がW杯で優勝できるように、僕の研究が選手や指導者の育成に貢献できればと思っています。

最後に、総科生に対してメッセージをお願いします。

最近、みんな真面目で勉強を一生懸命頑張っているように見えますが、もっと色々なところへ出かけて遊んでほしいなあと思っています。大学生はお金はなくても時間はあると思うのですが、社会人になると、お金はあるけど時間は無くなるから。だから、やりたいって思うことをやって、いい意味で遊んで欲しいと思います。今だと海外に自由に行けるので、いろんな国に行って、いろんなものを見たり食べたりして、写真や動画ではなく五感で感じ取ってほしいですね

そう。「西条から出てほしい!」。西条から出て日常生活とは違うことをしてほしいです。僕が1年の時は広大の移転期だったから、まだ東千田キャンパスの近くに住んで、広島市内で色々なことを経験できましたが、今は西条で大学と家の行ったり来たりになってしまいますよね。都市部の学生はたくさん情報も入ってくるし、学生のころから起業したり国際的にも活躍したりとかできますけど、広大生は注意しないとこの西条で埋もれてしまうかもしれませんね。

今はまだインターネットで世界中の人たちと情報交換することができますが、それでも実際に現地に直接出向いて見聞きしないと、利便性の高い都市部の学生と4年間で大きく差がついてしまいます。就活の時に面接とかインターンシップでその差を感じた先輩たちも多いでしょう。だから西条からできるだけ出て欲しいです。

あと、日々の大学生活の中で、何か不満に思ったことや何か改善したいと思うことは実際に行動したほうがいいですね。今ならSNSで一緒に行動してくれる人を呼びかけることもできますし。「まあいっか」ですまさないで、自分達から何か発信して行動して、まずは学生から大学を変えて行って欲しいなと思っています。

まとめ

 スポーツと運動はイコールではなくそれどころか全くの別物、ということに衝撃を受けました…。

身体的なものだけでなく、様々な文化的な側面も持ち合わせている。さらには実験室の中だけでは解決できない、現場ありきのスポーツ研究の世界。とても奥が深いですね。

大学内の狭い世界だけにとどまらず外のたくさんの世界に目をむけて、いろんな人と関わっていきたいと改めて感じることのできたインタビューでした。ぜひみなさんにも、自分からいろんなことにチャレンジしてほしいなと思います。

それでは今回のウェブマガジンはここまでです!次回の更新もお楽しみに!

(文責:If.)