メキシコと日本の教育制度 【社会探究 青木利夫先生】

こんにちは!

今回も95号先生インタビュー第3弾!

今回紹介するのは
社会探求領域 越境文化科目群 青木利夫先生です。

メキシコの近現代に着目して研究しておられる青木先生。
特に、教育制度や子供に焦点をあてています。

なぜ『メキシコ』と『教育』というキーワードが繋がったのか?興味深いですよね。それではどうぞ!

学校に行くことが全てではない

―まず、先生の研究内容について教えてください。

僕の専門はメキシコの近現代史です。最初に取り組んだのは、20世紀初めのメキシコの教育の歴史研究。その後は、現代までの多⽂化教育に関する研究をして、今はテーマを昔に戻して、19世紀から20世紀の⼦どもの歴史や教育史、福祉史をやっています。

ーなぜメキシコに興味を持ったのですか?

元々僕は東京外国語⼤学の外国語学部のスペイン語学科で、スペイン語圏の歴史や社会⽂化の授業が面白くて、メキシコについて勉強したいって思った。
その一方で⽇本の教育問題にも関心があったんだ。大学2年生くらいから日本の教育に関連する⽂献を読んでいるうちに学校や教育そのものに疑問を持つようになって、⽇本の教育の勉強を続けようと思っていた。でも卒論では、せっかく勉強しているスペイン語も⽣かしたいという気持ちもあって、テーマを日本の教育かメキシコの歴史かどっちにするかで悩んでいたんだよね。

そんな時に、『脱学校の社会』という本を書いたイヴァン・イリッチという思想家が近代制度を批判するセミナーをメキシコで開いていることを知って、メキシコの教育問題に関⼼を持った。その後に、ある有名な日本の思想家がメキシコの⼤学で客員教授として講義をしていた時の滞在印象記の本を読んだのだけど、そこに⽇本とメキシコの⽐較研究は面白いテーマだって書いてあって、まずはメキシコについての研究をやろうと思った。4年生では1年休学して、単身メキシコに飛んで旅行をした。卒業後は、大学院に進学して、メキシコの勉強を続けたという感じ。

ーメキシコでの生活はどんなものだったのですか?

お金だけ持って、行き当たりばったりでメキシコに行ったんだよ。 偶然出会った地元に人に宿を貸してもらったり、街をフラフラ行ってみたり自由に過ごしたけど、全然違う価値観や文化の所に身を置いてみるとやっぱりいろいろと考えることがあるわけだよ。

―メキシコで1年間滞在して、どのような影響を受けましたか? 

あの一年がなければそもそも大学院に行こうとも思わなかったし、大学教員にもなってなかったから、そもそも広島に来ることもなかっただろうね。でも大学院に行ったら研究者や大学の教員になるというルートがあって、元々少し教員志望だったから、結局自分には今の仕事が一番合っていたんだと思う。

―メキシコと日本の教育制度の違いは?

世界的に見ても、教育の制度そのものはあまり変わらないよ。国によって1.2年の違いはあるけど、メキシコと日本は制度としてはほとんど一緒だね。ただメキシコは、貧富の格差や都市と農村の格差もすごく大きい。義務教育制度は日本と同じだと思うけれども、全員が中学校を卒業しているとは必ずしも限らない。その時に考えるのは、教育が遅れているからメキシコはダメなのかどうかっていうこと。逆に言うと、日本はほぼ全員が高校まで進学して、その先に大学に行こうとしているけれど、全ての日本の子どもが幸せだと言えるか。

例えば学校のいじめが社会問題化してきたのも、もう何十年も前の話だよね。学校教育がきちんと行き渡ることが社会を良くして、子どもたちを幸せにするとは限らない。むしろ学校に行くことが子どもたちには大きなプレッシャーになっていたり、逆に学校で成功した人は失敗しないようにビクビクしながら受験や就活をしていることはないのか。そういう風に日本の学校制度の中でがんじがらめになっているかもしれない。
一方でメキシコは、それほど生活が豊かでない子どもたちは学校に行くという選択肢もあれば、働くという選択をすることもある。もちろん小さな子どもが劣悪な環境で働くことには問題はあるけど、学校に行くことだけが全てじゃないとも言える。学校にしか居場所がない日本社会って、子どもたちにとって逃げ場がないでしょ。どっちが子どもたちにとって良いのだろうという風に比較をしていくと、日本社会の問題点が見えてくる。“日本人は制度に縛られている、だけどメキシコ人は制度を利用している”って言い方を僕はするんだけど、色々なものの考え方が日本とメキシコって違うから面白いよね。

社会の違和感に気づくことがスタート

―先生の研究における着眼点はどのように養われたのですか?

僕はよく学生に、「社会に対する違和感ってない?」って聞くんだよ。もちろん直接自分が関係していなかったとしても、何かおかしいなと思う感覚を大事にする。するとそこから広がっていくと思うんだよね。
ある問題について「じゃあなんでこうなるんだ」って考えていくと、また「じゃあこれはどうなの?」って広がっていって。
だからまずは漠然とした社会に対する違和感に気が付くかどうか。その違和感が僕はたまたま教育だった。必ずしも本を読むだけでなくて、友達や家族と話すのだって、それこそ道を歩いていたって「あれっ」って思うことはあると思う。その関心をさらに広げられるかどうかの問題。だから僕は友達とか色々な人と話す場が大事だと思う。違う意見が聞けるし、そこでまた一つ発見があるかもしれない。

―学生が何かしら問題意識を持った時に、第一歩として何をすればいいですか?

それは別にこれをしなければいけないというのはないし、問題意識さえ持てばどうしてもそっちに気が行くから、逆に向こうからやってくるような気持ちがしなくもないんだよなぁ。これまでだったら見逃してしまった本やニュース、他の人の話に反応するようになる。やっぱりアンテナを張れば何かそこに引っかかってくれるものがあるから、色々なことやってみれば!としか言いようがないよね。あと色々なことについて、興味関心を持てばおのずとやるべきことが見えてくるっていう気もする。僕の場合、たまたま手に取った本や先生・先輩・友人との出会いもあったけど、それは単なる偶然だけでなくて自分がそういう問題意識を持ったからこそ、そういう偶然的な出会いがあったということなんじゃないかと思うけどね。

―今、研究や学生とのかかわりでやっていきたいことは?

今、研究グループの中で取り組んでいる“子ども史”研究の中で、苦しい状況下でも人が生きているっていうことが活き活きと描けるような何かを研究して、文章にして書きたいなって。つまり児童労働を告発することも大事な仕事だが、そういう状況で子どもたちはどういう思いで生きたんだろうなっていうのを知りたい。それが今にも繋がってくると思う。例えば貧困の子どもたちは苦労しているし、その問題を解決しなければならない。でも現に子どもたちは本当に苦しいだけなのか。彼らなりに苦しみの中でも喜びを見出しているのではないだろうか。人間が生きるってそんなもんだよなって思える何かを見つけたい。うまくいくのかどうかわからないという不安はあるけどね。

あとそういう子どもたちに関わって何か社会貢献ができればいいなと思う。授業としては、世界のあちこちに簡単に解決できない社会問題がいっぱい転がっていて、学生に関心を向けてほしいということを伝えていければなと思う。

 狭い西条を飛び出しなさい!

―最後に総科生へのメッセージをお願いします

広島大学、特に西条ってここで完結してるよね。もちろん、世界にはばたくことなんかそう簡単ではないけど、現代はインターネットもあるし色々な形で外に目を向けられる可能性はあるわけで。
大学で学ぶ、勉強するってことは、できないことができるようになるとか、わからなかったことがわかるようになるとか、本来こんなに楽しいことはないはずだよね。広大の中でも総科はすっごく面白いと思うし、やるんだったらそこでなんか楽しみを見つけてやればいいと思う。総科の良いところって、色々な分野があるからそもそも多様性がある。それに、広大出身じゃない方や個性的な先生が多いので、先生たちと話すだけでも、世界が変わることも大いにあると思う。多くの先生が割と自由に話が出来るし、とにかくこんな狭いとこで完結しないで、もっと遠いところに目を向けてみようね。制度化された環境でやるんじゃなくって、自分で考えて、決めて行動していくようなことをしないと。それが僕の願いだけど、なかなか今の時代難しいよね。学生の自由な発想や行動が制限されてきて、結局制度の枠内で右往左往している。そこの息苦しさも考えてもらいたいなと思う。


まとめ

『メキシコの社会文化』と『日本の教育学』という、一見全く違うものに関心を持ったことから始まり、今の研究があるというのがとても面白いですね。

いろんな国や物事に目を向け、比較することで自分たちにとっての『当たり前』が当たり前ではないことに気づけるし、自分のみる世界が変わるのだと思います。社会の違和感に対するアンテナをしっかり張って、遠いところに目をむけて行動することが大切ですね。

それでは今回の記事はここまでです!

次回の更新もお楽しみに!

文責:If.